4階建ての2階部分

上の子:2013年生まれ 下の子:2015年生まれ

ずるみの沼が無限に広がっている

4月9日(金)

朝から仕事で人と話して、同じ体験をしても人の感じ方というのはマチマチだなと実感した。

それは大きな単位(ここ1年のコロナとか、あるいは人生とか)で見てもそうだし、小さな単位(ある日の出来事とか)で見てもそうだな。

そして自分と違う考え方の人がいる、そしてその人も全然平気に世界で生きていると知ることは自分が自分なりの判断基準で悩んでいたことに対してスッとわき道をしらせてくれる。

だからといって悩みがなくなるわけではないが。

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下の子は起きてからとにかくすべてが「いや! いや! いや!」と、いやいや期まっさかりである。齢6歳。平均的ないやいや期より3倍長く生きている。

学校の準備もせず朝食の席にもつかず、テレビ見たいテレビ見たいと足をバタバタさせている。入学させたのが間違いだったのかな?

朝食は残り物祭りだ。牛筋、きんぴら、なんかの野菜。ついでに弁当には昨日の残りのホッケを盛り付ける。下の子の弁当も今日で終わりだ。

弁当には冷凍のコロッケを3つ、解凍して入れた。それを見た上の子が「コロッケずるい」と言ったので上の子用にもう一つ解凍して小皿に乗せ、出した。もうその時点で沼に片足は突っ込んでいる。案の定、下の子はそれを見て「ずるい」と言った。

ゲームオーバーだ。ずるみの沼が無限に広がっている。

ひとしきりもめ、お弁当のコロッケをひとつ取り出して下の子に与え、空いたスペースには小吹芋を詰めて手打ちとなった。

下の子は学校がつまらないといった。むっと身構えて話を聞くと、

「さんすうとかは好きなんだけど、せんせいのおはなしばっかりでつまんないんだよ」

そうだな、いまは入学直後のオリエンテーション期間なので、普通の教科はないのだ。今しばらく辛抱されよ。

近所の友達が妙に早く迎えに来たのでピンポンが鳴った瞬間に家族がバタバタとして子供らは家を出、そして静けさである。仕事だ。

午後は会社に行く用事があったので昼時に家を出る。財布を忘れてきた。Suicaで昼飯をすまさねば、と弁当を買う。

弁当のときSuicaで支払いをした瞬間に、何か変だぞ、と感じる。

スマホが再起動を繰り返している。ただひたすら再起動し、再起動中に再起動しているようで延々と「Google」ロゴがくるくるしている。

財布はない。スマホSuicaである。そしてスマホが狂っている。あれ? なんか、終わってない?

仕事を終え、セーフモードのやり方を見つけてどうにか安定させ、家に帰ってきた。これでチャージが足りなかったら完全に詰んでいた。

家であれこれいじって、どうにか安定hした。もう2年半使っている。機種は不安定なことで高名なPixel3だ。よく持ったと思う。次に発症したら容赦なく乗り換えてやるからな。

夕飯に塩豚とキャベツを鍋に入れて蒸したやつを出した、これは正義の味がする。塩豚が正義なのだよ。