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上の子:2013年生まれ 下の子:2015年生まれ

起こる前によく学び、起こったあとはすぐ忘れる

12月31日(火)

ようやく一年をしめくくって実家に帰ってきた。

突然の振り返りだが、思い返せば秋くらい、つまり最後にこのブログを書いたころは精神的にかなり参っていた。

たぶん10月くらいだと思う。気がつけばまわりの人に愚痴をこぼすようになり、夜の寝つきや寝覚めも悪くなった。会社の偉い人と合う場があれば片端から愚痴をこぼしていて(英語でまで!)、こぼしながら「なんでこんな非生産的なこと喋ってるんだろう」と空しくなった。

Facebookに毎年恒例の誕生日投稿をしたのだがその内容もかなりつらみの滲み出たものであった、たぶん読んだ人もどうしたらいいかわからなかったのだろう。

日記もご覧の通りに滞り、日記で公開することもないので写真を撮りたい欲も消え失せてカメラもレンズも一切興味なくなった。運動も寒くなってきてやめた。

じゃあ何をしていたのか。特に何もしていない。ピアノはどうにか継続できたし、Duolingoで中国語とスペイン語は継続できたし、毎日の朝食も続けることができたが、それ以外の事は何もできなくなってしまった。仕事も、いざPCの前に座ってウェブカメラをONにし、ミーティングが始まると喋れるが、それ以外の時間はなんだかやる気にならなかった。勢いを振り絞って作業をはじめればそこからはスムーズなのだが、そこまでが顕著に長い(それは普段からそうといえばそう)。

10月の頭になんとなくYouTube桜井政博のチャンネルを見返して、「あ、これは自分でがんばるしかない。高いクオリティの仕事は自分でやりきるしかないんだ」と悟った。今思い返せば、こういう自責的な考えはメンタル不調の入り口なのだが、当時はそれが大発見であるかのように感じられたのだ。

そんなことを部署のTeamsのチャンネルに毎日のように投稿していて、見かねた上長から会社の相談窓口みたいなところにつないでもらって(正直なところこの上長がストレスの直接の原因だと思う節がないでもないが、とはいえ事情というのは色々ある)、喋ってみることにする。

同時に妻にも、「ちょっと精神的にまずいかもしれない、その症状がいくつか出ている、会社の窓口に今度相談することにした」と伝えると、「そういえば最近つらいつらいってよく言ってるもんね」と言われた。あれ、そんなに言っていたのか? 記憶にないわけではないが、1回か2回くらいじゃないか? 無意識につらいと口にしているのだとしたらそれはつらいということだ。

妻の発言に自分で衝撃を受け、会社の窓口の人と相談する。正直その瞬間は有用なアドバイスがなかったと感じたが、これが私の精神状態に確実にターニングポイントをもたらした。

それは完全な自覚である。このままいくとメンタルがまずい。私はメンタル不調の水際に立っている。

自覚してしまうと、世界の見方が完全に変わるのだ。

まずは休むことだ。

私が5年前に初めてマネージャになったとき、メンタルを崩しがちな部下がいた。私がマネージャになって1か月も経たずに、彼は突然会社にこなくなって音信不通になった。その時に学んだのは、とにかく無理やり休ませるしかないということだ。何を言おうが状況があろうが、無理やり休ませないといけないと習った。

あいにく仕事を引き取ってくれる上長も同僚も一切いないので(それがまた一つの原因でもある)、休むのはかなり苦労した。何しろ休むための調整を自分でせねばならず、休み始めてからも溜まっていくタスクを見ないようにしていないといけない。でも私は「無理やりに休まないといけない」と知識として知っていたから、強引に休んだ。Outlook予定表で休めそうな日は全部「有給」というバーを引いた。そして可能な時には休んでスーパー銭湯に行ったりした。

次は気晴らしである。何もしないでいるのもつらいので前前からずーーーーっとやりたかったAC6をやることにした。新しいパソコンを買った。Ryzen9 8945HS搭載のミニPCである。内蔵GPUだけでAC6ができる時代が来たのだ。

10月11月はそれでもメンタルがかなり厳しくて、突然家族の前で泣いたりしたが、それでも強引に休んだり、友人に正直に話したりすることで、自分の体調とまっすぐに向き合うことができた。12月も出張の予定をすべてキャンセルし、いつもより一週間早く冬休みに入ることにした。

12月は周囲に「省電力モードで仕事をする」と宣言し、宣言通り休み休み仕事をし、年末は予定通りいつもより一週間長く休み、今日大晦日に来ている。良く寝れるようになり、泣くことはなくなり、AC6は3周した。だが正直なところ、今はもう大丈夫になったかどうかはわからない。ストレスは水の入ったコップであり、揺れないときにはすれすれまで入っていても何も起こらない。水があふれるのは何かがあったときだ。そのように習った。

なので年が明けてからも無理のないように仕事を続ける。この状況を踏まえ、上長も変わり立場も少し変わる予定だ。少しでも良い状況となることを願うばかりだ。

さて、学んだことを書いておこう。

まずメンタル不調の解像度がかなり上がった。

●トリガーは人それぞれだ。 メンタル不調は、過労やハラスメントによっておこるものだ思われがちだ。私も思っていた節がある。ただ、それはあくまで一つの例でしかなく、その人の性格や状況によってどのような形でも訪れうることを学んだ。私の場合のトリガーは圧倒的なHelplessであった(日本語の「無力」や「孤独」だと正確にニュアンスが伝わらないが、英語の「Helpless」がもっともしっくりくる)。どこにどうトリガーがあるかは誰にもわからない。だから周囲が丁寧に会話をするしかないのだ。

●メンタル不調は、普段は表に出ない(こともある)。 水とコップのたとえにあるように、コップが揺れない限り限界でも周囲からは観察できない。ある人が普通にしているからといってその人がメンタル的に健康だと決めつけるのは早計である。逆に我々は自衛のために、普段とは違った状況で自分がどうふるまっているのかに自覚的であったほうがよく、可能であればさらにそれを周囲に常に共有しておくことが重要だ。

●メンタル不調のときは、強引に休ませないといけない。 人間、追い込まれているとつい自責的に「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」という思考になってしまう。結果、思うように休めないことがある。だから「強引に」というのが極めて重要であり、かつ、「休ませる」つまり周囲の介入によって引きはがさないといけないというわけだ。言い換えれば誰もが常に「周囲が強引に休ませられる状況」をキープしないといけなくて、そのためにマネジメントや組織設計というのがある。

そして一番大切なことは、

●知識は人間を救う。 私はたまたまメンタル不調について調べた経験があり、自分でその兆候をある程度察知することができた。最終的な自覚は周囲の手を借りたが、そこにいたるまで「これはやばいからTeamsに書いておこう」というアラートを出すことができたのかもしれない。あるいは知識があったからこそ、スムーズに自覚できたのかもしれない。とはいえ、知識や経験に偏重しすぎるとそれはそれでよくないので(このあとに続くのが「俺の時は〇〇だった」という経験談である)、起こる前によく学び、起こったあとはすぐ忘れる、くらいのスタンスでいきたい。

2024年は主に仕事面で本当に大変な年だった。よく乗り切ったと思う。来年は心身ともに健康ですごせること、家族みな健康で過ごせることを祈る。